阿弥陀仏は「本師本仏」

Posted on 7月 29th, 2010 by longbeach in 阿弥陀仏とは | コメントは受け付けていません。

 さて、浄土真宗では、阿弥陀仏を本師本仏として崇め、一切の諸仏の本仏であり、諸仏を統括される最高・最尊の仏の師匠である、という話の途中でした。
 これを親鸞聖人は、『浄土和讃』に「久遠実成阿弥陀仏、五濁の凡愚をあわれみて、釈迦牟尼仏としめしてぞ、迦耶城には応現する」と仰っています。本師は弟子に対し、本仏は分身に対する言葉ですから、諸仏に具えておられる功徳の一切は、この阿弥陀仏におさめられています。ゆえに浄土真宗では、阿弥陀一仏を崇拝すれば、余仏余菩薩に帰依する功徳の一切を皆、その中に具足されるから、弥陀一仏以外に余仏余菩薩を崇拝しないのです。
 これを蓮如上人は、『御文章』2帖目3通には、「十方諸仏の為には本師本仏なるが故に、阿弥陀一仏に帰したてまつれば、すなわち諸仏菩薩に帰する謂あるが故に、阿弥陀一体の中に諸仏菩薩は皆悉くこもれるなり」と教え、また2帖目9通には、「阿弥陀如来は三世諸仏の為には本師師匠なれば、その師匠の仏をたのまんには、いかでか弟子の諸仏のこれを喜びたまわざるべきや」と説き、また2帖目8通には、「ここに弥陀如来と申すは、三世十方の諸仏の本師本仏なれば、久遠実成の古仏として、今の如きの諸仏に捨てられたる末代不善の凡夫、五障三従の女人をば、弥陀にかぎりて『われひとり助けん』という超世の大願を発して、われら一切衆生を平等に救わんと誓いたまいて、無上の誓願を発して、已に阿弥陀仏と成りましましけり」と述べられています。余談ですが、親鸞会発行の『御文章』は字が大きくて読みやすいですね。

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