お釈迦さまの説かれた仏教は、阿弥陀仏の本願一つを教えられたものです。
そのことについては、これまでの内容でお話してきました。
なぜ阿弥陀仏の本願一つなのか?
これは、阿弥陀仏とお釈迦さまの関係でもハッキリわかることです。
阿弥陀仏とお釈迦さまは、例えて言うなら、師弟の関係にあります。
阿弥陀仏を師匠とすれば、お釈迦さまは弟子にあたります。
弟子の使命は、先生の御心を正確に、一人でも多くの人にお伝えすること以外にありませんから、弟子であるお釈迦さまも45年間、自分の師である阿弥陀如来の本当に願っていられる御心、阿弥陀仏の本願以外、教えてゆかれませんでした。
親鸞聖人の「唯説弥陀本願海」(唯、阿弥陀仏の本願一つを説かれるためであった)の断言にうなずかずにおれません。
「仏教」とは、弟子であるお釈迦さまが、先生の弥陀如来の本当に願っていられる御心一つ、生涯教えてゆかれた教えであることが、お分かりになると思います。
お釈迦さまが、阿弥陀如来の本願一つを明らかになされたように、親鸞聖人90年の生涯も、阿弥陀仏の本願以外には教えられたことはありませんでした。
そして、親鸞聖人の教えていかれたことを、今日、そのままお話しされる高森顕徹先生もまた、阿弥陀仏の本願一つを説いておられます。