阿弥陀仏という仏さまは、仏教を説かれたお釈迦さまが私たちに教えて下された仏さまです。
そのお釈迦さまの説かれたことは、すべてお経に書き残されています。
では、お経には何が教えられているのか、7000巻余りのお経を、何度も読み破られた親鸞聖人の言葉に学んでみましょう。
「如来所以興出世
唯説弥陀本願海」
これは、親鸞聖人の書かれた正信偈の一節です。
(親鸞会発行の正信聖典ではP11に掲載されています)
「如来、世に興出したもう所以は、唯、弥陀の本願海を説かんがためなり」
と読みます。
如来とは、仏と同じ意味の言葉です。ここでは、お釈迦さまのことを指します。
世に興出したもう所以は、と言われているのは、お釈迦さまがこの地球上にお出ましになられ、仏教を説かれた目的は、ということ。
「所以」とは、「目的」ということです。
「唯説」とは、唯一つのことを説かれたのだ、という親鸞聖人の断言です。
七千冊以上ものお経があって、45年間もお釈迦さまは教えを説かれたと聞けば、仏教にはいろいろのことが教えられているのだろう、と思うのも当然です。
しかし、七千冊余りもの仏典を何度も読まれた親鸞聖人は、「お釈迦さまの説かれたことは、たった一つのことなのだよ」と断言しておられます。
お経の99%を読んだ人でも、こんな断言は出来ません。あとの1%に、どんなことが説かれてあるのかわからないからです。
では、そのただ一つのこととは何であったのでしょう?
それは、「弥陀の本願」である、と正信偈に親鸞聖人は書いておられます。
弥陀の本願とは、阿弥陀仏の本願のことです。
「弥陀の本願」とは、「阿弥陀如来という仏さまが、本当に願っていられる御心」のことで、それは大変広く深いので海にたとえて「本願海」といわれています。
あれだけ膨大なお経に説かれてあることが、阿弥陀仏の本願ただ一つというのは驚きですね。
親鸞会では、そのお釈迦さまがただ一つ明らかにされた阿弥陀仏の本願について、高森顕徹先生が毎月の法話会で話をされています。